聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ヨハネによる福音書 1:6〜8

2018年11月25日(日)主日礼拝 聖書箇所:ヨハネ 1:6〜8(口語訳) 「ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った」。 このヨハネは、他の福音書ではバプテスマのヨハネと言われる人物です。この福音書では「バプテスマのヨ…

聖書通読のために 81

マタイによる福音書 9章 32~34節(新共同訳) 悪霊に取り憑かれて口の利けない人の癒やしの記事である。しかし、癒やしそのものよりも、群衆が「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と驚き、ファリサイ派の人たちが「あの男は悪霊の頭の…

聖句による黙想 38

聖句による黙想 思い巡らす meditation meditado ローマの信徒への手紙 5章 8節(新共同訳) しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。 キリストが十…

聖句で辿る聖書 91

出エジプト記34章 10節(新共同訳) 主は言われた。「見よ、わたしは契約を結ぶ。・・あなたと共にいるこの民は皆、主の業を見るであろう。・・」 よろめく信仰のわたしたちのために、真実な神が契約を結んでくださる。何ものにも囚われない神が、自ら契約の…

ヨハネによる福音書 1:1〜5

2018年11月11日(日)主日礼拝 聖書箇所:ヨハネ 1:1〜5(口語訳) 「初めに言があった」。 旧約に親しんでいる人であれば、創世記の「神は『光あれ』と言われた」(創世記 1:3)という言葉を思い起こすでしょう。 「言は神と共にあった。言は神であった。…

聖書通読のために 80

マタイによる福音書 9章 27~31節(新共同訳) 目が見えるようになること、それこそが二人の盲人の切なる願い。ダビデの子イエスが自分たちを憐れんでくれるなら、その願いは叶うと二人は信じている。 ダビデの子とは、救い主を指す称号である。参照:サムエ…

聖句による黙想 37

聖句による黙想 思い巡らす meditation meditado ルカによる福音書 5章 32節(新共同訳) わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。 わたしたちが招待状を用意するとき、一人ひとりを思い浮かべながら用意しま…

聖句で辿る聖書 90

出エジプト記34章 9節(新共同訳) 主よ、もし御好意を示してくださいますならば、主よ、わたしたちの中にあって進んでください。確かにかたくなな民ですが、わたしたちの罪と過ちを赦し、わたしたちをあなたの嗣業として受け入れてください。 神と共に歩む…

聖書通読のために 79

マタイによる福音書 9章 20~22節(新共同訳) 「あなたの信仰があなたを救った」不可解な言葉である。 この女性の「服に触れさえすれば」というのは、わたしには御利益信仰にしか思えない。彼女は病気が治ることを願っていたのであって、イエスに従っていこ…