聖書通読のために 50
マタイによる福音書 6:11(新共同訳)
主の祈りその6。
「わたしたちに必要な糧を今日与えてください。」
この祈りを祈るとき、わたしたちが何もしなくても、神が必要な食事をすべて用意してくださることを期待しているわけではない。
わたしたちはこの祈りを祈るとき、思い起こさなくてはならない。命も能力も、神が祝福をもって与えてくださったことを(参照:使徒 17:25)。だからわたしたちは、この祈りを祈るとき、毎日の食べ物だけでなく、霊についても肉についても必要なすべての良いものを祈り求める。
また今日、世界の飢餓について知らされているわたしたちにとって、その状況を覚えつつ「わたしたちに」と祈ることは大切である。
喜びあれ(マタイ 28:9 岩波版)
聖句による黙想 3
聖句による黙想
思い巡らす meditation meditado
イザヤ書 43章 1節(新共同訳)
ヤコブよ、あなたを創造された主は
イスラエルよ、あなたを造られた主は
今、こう言われる。
恐れるな、わたしはあなたを贖う。
あなたはわたしのもの。
わたしはあなたの名を呼ぶ。
神は、あなたはわたしのものだ、と言われる。
あなたはわたしのものだ、と言われる神は、罪を抱えたわたしを愛し、わたしのために救いの御業をなしてくださる。神は、わたしの命、わたしの人生に、ただ一人責任を持ってくださるお方。
イザヤ 46:3, 4「わたしに聞け、ヤコブの家よ/イスラエルの家の残りの者よ、共に。あなたたちは生まれた時から負われ/胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで/白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」
ハレルヤ
聖書通読のために 49
マタイによる福音書 6:10(新共同訳)
主の祈りその5。
「御国が来ますように。
御心が行われますように、
天におけるように地の上にも。」
原語で「国」という言葉は「治める、支配する」という意味の言葉から派生したもの。だから「神の国」は「神に従い、神と共に生きる人のいるところ」に現れる。
「御国が来ますように」は「神と共に生きる世界を来たらせてください」という祈り。それは、愛によって神と結ばれて生きることを願う祈り。
「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。」(1ヨハネ 4:9)
神の御心は、わたしたちが救われて生きること。その神の御心の成る救いの完成を望みつつ祈るように、イエスは教えられた。
喜びあれ(マタイ 28:9 岩波版)