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聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

神学入門 05

神学

神学 聖書学02

緒論(ちょろん あるいは しょろん)

 わたしは神学校の1年生で習った。緒論には、旧約緒論と新約緒論がある。
 緒論は英語では Introduction と言うらしい。わたしは外国の事情に詳しくない。今に至るまで、神学のこの科目でしか緒論という言葉を聞かない。Introduction なら、入門でよいではないか、とずっと思っている。
 緒論は、主に聖書各書の歴史的事柄を扱う。どのような状況で書かれたのか(あるいは編纂されたのか)、誰が書いたのか、何を伝えようとしているのか、など。
 歴史的事柄を扱うので、旧約ならイスラエル史、新約なら新約時代史が関わってくる。
 わたしが説教をする中で、緒論が大事だと強く感じるのは、新約の書簡の説教をするときであった。何を伝えようとしてこんなことが書かれているのか、教会にはどんな課題、問題があったのだろうか、など手紙を書いた状況が分からないと、なぜここでこのようなことを書いたのか、何が問題なのかが理解できないからである。これが分からなければ、この手紙をご自身の言葉とされた神の御心も分からない。

 ただ、緒論は時代に弱い(こういう言い方が適当かどうか分からないが)。歴史学的な手法を用いるので、歴史学の変化発展と共に主張が変わりやすい。加えて、学問的手法に自信を持ちすぎて、これはパウロの名をかたる第2パウロ書簡である、などと見てきたわけでもないのに自信満々に主張したりする。
 そのような拒絶したくなるような問題はあっても、歴史的な検証は必要である。外には迫害、内には異端や罪との戦いがある中で、福音宣教、教会形成のために祈りつつ思いを込めて書かれた手紙を理解し、共感していくためには、緒論は必要不可欠なものである。
 もちろん、新約の書簡だけでなく、聖書の各書を理解するために緒論は必要である。

 緒論、あるいは神学に関心を持たれた方は、牧師に相談して、本を教えてもらうとよい。おそらく、教派によって、牧師によって、薦める本が違うと思うので。
 わたしが卒業したのは、日本キリスト教会神学校という教派立の小さな4年制の神学校である。

主は生きておられる(エレミヤ 4:2 新共同訳)

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