聖書の言葉を聴きながら

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ローマの信徒への手紙 8:5〜11

2020年6月10日(水) 祈り会
聖書:ローマの信徒への手紙 8:5〜11(新共同訳)


 霊と肉という対比がなされます。教会でも「霊的」という言葉が使われます。
 霊は、結び合わせる働きをします。きょうの箇所で「霊」は聖霊を表しています。聖霊は神ご自身とわたしたちとを結び合わせてくださいます。悪霊という言葉もあるように、神以外のものと結び合わせわたしたちを苦しめる働きをする霊もあります。
 聖書では、聖霊と言う以外にも神の霊、主の霊、キリストの霊などと言われたりします。

 霊に対して肉という言葉が使われていますが、ここでは、神とのつながりがない状態、滅びゆくこの世に属している状態を指して「肉」と言っています。
 「肉に従って歩む者は、肉に属することを考え」というのは、神とのつながりなしに生きる者は、この世に属するこの世的な考えをします。
 「霊に従って歩む者は、霊に属することを考え」というのは、神とのつながりを大切にして生きる者は、神の御心に従うことを考えます。

 ただ聖書において、肉が必ずしも悪い意味で用いられる訳ではありません。エゼキエル 36:26にはこう書かれています。「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたの内に新しい霊を授ける。あなたがたの肉体から石の心を取り除き、肉の心を与える。」ここでは頑なな石の心に対して、新しい霊を受け入れる新しい心という意味で肉の心と言われています。
 このローマの信徒への手紙では、神に属する霊、そして世に属する肉というように用いられています。

 神とのつながりのない肉の状態は、死へと向かいます。命を与える神とのつながりがないからです。神とつながる霊を大切にする者は、神との良い関係、神との平和を求め、神が与え給う命に与ります。

 神とのつながりを軽んじる肉の状態にある者は、神の律法も重んじません。神とのつながりを大切にしない者は、神と共に生きるのではなく、神を利用しようとします。自分の願いをかなえるために、神を利用しようとします。利用しようとしかしない関係は喜びを生み出しません。それはこの世の人間関係においても同じです。

 神と共に歩み、救いに入れられるには、神とのつながりを生み出す聖霊が不可欠です。天の父がイエスの名によって遣わされる聖霊は、イエスが話したことを思い起こさせ、教えてくださいます(ヨハネ 14:26)。そしてイエスこそ主であるという信仰を与えてくださいます(1コリント 12:3)。

 この聖霊によって与えられる神とのつながり、神との交わりに生きることは、家族の関係に似ています。
 おそらくは、神とわたしたちの関係が家族の関係に似ているのではなく、神とわたしたちとの関係に基づいて家族という関係が与えられていると言うのが正しいのだろうと思います。つまり、神にかたどって人が創られているように、神との関係にかたどって家族の関係が与えられているのだろうと思います。ですから、この世で父と呼ばれる者たちは、天の父に倣って託されている者たちを治め、導き、愛していくのです。

 そしてこの世の家族の関係も、神との関係も、言葉を交わしながら、共に生きる関係が日々育まれているか否かによって、内実は違ってきます。ただ習慣的に礼拝に出ている人と、神を求めて礼拝に出ている人とでは信仰に違いが出てきます。

 信仰が、生き生きとした命あるものであるためには、聖霊の働きが欠かせません。聖霊によってキリストの救いに満たされ、父なる神と結び合わされ、父・子・聖霊なる神の交わりに入れられ、神と共に生きるのです。神は求める者に聖霊を与えてくださいます(ルカ 11:13)。信仰を与えられた者は、聖霊の導きを祈り求めつつ、歩むのです。

 教会に集う方は大抵神を求めるいい人です。いい人は自分の善意に惑わされがちです。神の御心を求めるのを忘れて、自分の善意でやっていけると思いがちです。わたしたちは罪人ですから、善意でさえも神の御心から離れていくことを知っていなくてはなりません。ペトロの善意もイエスから「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」(マルコ 8:33)と叱責されたことを忘れてはいけません。わたしたちは御言葉によって神に立ち帰らせて頂くように聖霊の導きを祈りつつ歩むのです。

 わたしたちは、聖霊に従って歩むこと、聖霊に属することを求めなければなりません。聖霊こそがわたしたちを神との交わりに生かし、救いに与らせ、命と平和へと導いてくださいます。
 聖霊は、わたしたちの内にキリストを住まわせてくださいます。キリストの復活の命、永遠の命に与らせてくださいます。「霊は義によって命となっています」。聖霊なる神が、父なる神・子なる神キリストとの関係を正しい義なるものとしてくださり、命をもたらしてくださるのです。
 「もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう」。

 人は、神が命の息を吹き入れて生きる者となりました(創世記 2:7)。罪がもたらす死を超えて生きるためには、聖霊を受けてキリストの命に与るのです。世の始めに命を与えられたように、神に贖われ、赦され、祝福されて新たな命に生きるのです。わたしたちの本当の命は、父・子・聖霊なる神との交わりの中にあるのです。
 神は求める者に聖霊を与えてくださいます(ルカ 11:13)。祈りつつ、聖霊に満たされて、信仰から信仰へ、命から命へと歩んでまいりましょう。

ハレルヤ


父なる神さま
 わたしたちを聖霊で満たしてください。あなたとの交わりの平和、命を味わい喜ぶ者としてください。あなたの救いが復活に至ることを望み見、希望に満ちた確信をお与えください。
エス キリストの御名によって祈ります。 アーメン