聖書通読のために 87
マタイによる福音書 10章 21~23節(聖書協会共同訳)
イエスに従うのがためらわれるような言葉が語られる。
わたしも牧師になるため神学校に行くと言ったとき、父と大げんかになった。「お前とは親でも子でもない」と言われた(実際はそうはならなかったが)。
イエスに従うがゆえに生じる困難は確かにある。果たしてイエスのように自分に向けられる敵意に対して、神に執り成すことができるだろうか。赦しを求めることができるだろうか。最後まで耐え忍ぶことができるだろうか。自信は何もない。
逃げることが許されている。その時がいつかは、祈って神の声を聞かねばならない。
イエスは弟子たちに「私たちを試みに遭わせず、悪からお救いください」(マタイ 6:13)と祈るように教えられた。無理ややせ我慢が勧められている訳ではない、とわたしは思う。
喜びあれ(マタイ 28:9 岩波版)