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聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

ローマ人への手紙 2:6〜11

2017年5月7日(日)主日礼拝
聖書箇所:ローマ人への手紙 2:6〜11(口語訳)

 

 パウロは4節で「神の慈愛があなたを悔い改めに導く」と言っています。
 悔い改めは、救いに欠かせない大切な事柄です。本来の意味は「立ち帰る」という意味です。神から離れてしまったことに気づいて、神の許に立ち帰る。このままでは滅びに至ることに気づいて、神の許に立ち帰る。これが悔い改めの意味するところです。
 本来、人が犯した罪であって、罪の報いを受けるのはそれこそ自業自得です。しかし、神の慈愛が神に立ち帰るための道を備えてくださいました。神ご自身が救いの御業を成し遂げてくださり、神に立ち帰る救いの道を用意してくださったのです。だからパウロは「神の慈愛があなたを悔い改めに導く」と言っているのです。

 この悔い改めにとって、気をつけなければならないのが「侮り」です。
 神は慈愛に満ちたお方だから、最後は助けてくださるんでしょ。神さまに従って生きるなんて堅苦しく考えないで、神さまは救ってくださるんだから、楽しく明るく生きていればいいんじゃないの、というような侮りです。

 そのような間違った考えに陥ることのないように、パウロは「神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる」と注意しています。
 神は、わたしたちが神を愛して、神と共に生きていけるように、御子イエス キリストを遣わされたので、神を侮って神から離れて生きることをよしとはされません。

 神へと立ち帰るためには、神への正しい畏れを持つ必要があります。
 わたしたちの神に対する思いは、神の愛と真実に対する信頼と、神の正義と公平に対する畏れが必要なのです。それは丁度、子どもが親に対して、自分を愛していてくれることに対する信頼と、悪いことをしたときには厳しくしかられることに対する畏れが必要なのと同じです。そしてわたしたちは、キリストにあって神の子とされた者、主の祈りで祈っているように、神を父と呼ぶ者なのです。
 わたしたちは、神の愛と真実に対する信頼と、神の正義と公平に対する畏れを持った神の子なのです。

 だから、神への正しい畏れを持つことは、神へと立ち帰るためには必要なのです。パウロはこのことについて二度繰り返して述べています。
 一度目は「一方では、耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠のいのちが与えられ、他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと激しい憤りとが加えられる」と言っています。
 ここで言われているのは、神の言葉、教えを重んじ、神からの報いを求める者には、永遠の命が与えられるということ。そして、自分を高くするために自分に従う者を求め、神と共に歩むよりも、自分の栄光を求める者には、神から怒りと激しい憤りとが与えられるということです。党派心とは、自分を高くして満足するために、自分中心のグループを作ろうとする思いです。神の前に自分を低くするのではなく、神を利用して自分を高くしようとする自己中心的な思いです。

 二度目は「悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、患難と苦悩とが与えられ、善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる」と言っています。
 ここではどこの国民であろうとも、悪を行う者には患難と苦悩とが与えられ、善を行う者には光栄とほまれと平安とが与えられる、と言っています。神の公平について語られています。11節では「神には、かたより見ることがない」と言われています。

 神の公平については、聖書の他の箇所でも述べられています。
 1ペテロ 1:17「あなたがたは、人をそれぞれのしわざに応じて、公平にさばくかたを、父と呼んでいるからには、地上に宿っている間を、おそれの心をもって過ごすべきである。」
 また2テモテ 4:8「今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。」
 神の公平さ、そして罪をきちんと裁かれることが、わたしたちを悔い改め、神への立ち帰りへと導くのです。

 神の裁きは、キリストの十字架がそうであるように、そこから救いが現れてきます。しかし、だからといって裁かれれば大丈夫だなどと、侮ることは間違いです。神は裁きたがっておられるのではありません。聖書は「あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐため」(1ペテロ 3:9)だと言っています。
 神はわたしたちを救いへ、祝福へと招いておられます。神の許にこそ、わたしたちの救いがあり、喜びがあり、未来があるのです。ヘブル 3:13にはこう書かれています。「あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。」

 わたしたちは、神の愛と真実への信頼と、正義と公平への正しい畏れを持って、神と共に生きるのです。共に神の言葉を聞き、神の言葉に導かれて悔い改め、神の許へと立ち帰り、神と共に生きるのです。神の子とされていることを確信し喜んで、救いの道を歩んでいくのです。

ハレルヤ