聖書の言葉を聴きながら

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聖書通読のために 33

思い巡らす meditation meditado
 神の思いに心を向けるために

 

マタイによる福音書 5:10〜12(新共同訳)

 山上の説教(山上の垂訓)の8番目。
 「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」。
 クリスチャンになるのは止めよう、と思った言葉である。
 痛いこと、つらいことは嫌いである。迫害に耐えられる自信は全くない。喜べるわけがない。逃げ出すに違いない。間違いなくへたれである。
 迫害に遭っても棄教しない自信を持てるようになったら、クリスチャンになれるのだとすれば、永遠にクリスチャンになれないと思う。
 そんな自信のないクリスチャンであっても、信仰に対して皮肉や嫌みを言われたり、批判されたりと、小さな迫害は経験する。
 イエスは冷たい水一杯でさえ覚えて報いてくださるお方である(マタイ10:42)。小さな迫害であっても、自分に与えられたものを祈りつつ受け止めていくとき、イエスが覚え報いてくださる。
 そして何よりイエスがわたしのために十字架に至るまで迫害を受けてくださった。自信は何もない。しかし、わたしの救い主となってくださったイエス キリストに依り頼んでいこう。


喜びあれ(マタイ 28:9 岩波版)

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