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聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

聖書通読のために 18

聖書通読

思い巡らす meditation meditado
 神の思いに心を向けるために

 

マタイによる福音書 4:1, 2(新共同訳)

 悪魔から誘惑を受けるために、霊がイエスを荒れ野に導く。
 新約はギリシャ語で書かれている。「ペイラゾー」という動詞は「試してみる、試験する、誘惑する」という意味。「ペイラスモス」という名詞は「試練、誘惑」という意味。聖書では「試練」も「誘惑」も同じ言葉を使っている。
 「試み」も「誘惑」も、乗り越えれば、信仰の訓練となるもの、負けてしまうと、神から遠ざかっていくもの、とわたしは理解している。
 イエスは試練・誘惑の中にいる者を救い出すために、自ら「試練・誘惑」の中に来てくださった。「御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです」(ヘブライ 2:18)。「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです」(ヘブライ 4:15)。
 試み・誘惑は様々ある。楽しさによるものもあれば、苦しさ・つらさによるものもある。試練や誘惑には遭わなかったので、救い主の助けは必要なかった、と言えるような人は誰もいない。
 預言者が告げたとおり、イエスはインマヌエル(神は我々と共におられる)の主である(1:23)。試練・誘惑のただ中にも共におられる。

喜びあれ(マタイ 28:9 岩波版)

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