読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

教理による黙想の手引き 05

教理による黙想の手引き 第5回
日本キリスト教会発行 福音時報 2015年5月号掲載
 掲載時のコーナータイトルは「教理を学ぶ - 説教で聞く教理 -」)

 

「永遠の計画」

「主よ、あなたはわが神、わたしはあなたをあがめ、み名をほめたたえる。あなたはさきに驚くべきみわざを行い、いにしえから定めた計画を真実をもって行われたから。」

                      (イザヤ書 25章 1節 口語訳)

 

 人は未来を知ることができません。それ故の不安をいつも抱えています。幸いを願い、お守り・風水・暦・占い,様々なものを求め用います。しかし、聖書は語ります。「人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。」(詩篇 37:23)わたしたちをお造りになった主は、造っただけでなく、わたしたちの生涯を導かれるお方です。
 しかし、人はそれをなかなか信じることができません。不安と目の前の現実に圧倒されてしまいます。そんなわたしたちのために、神は主の日ごとの礼拝を備え、神の御前に立ち帰り、神の御声を聞くことができるようにしてくださいました。

 イザヤ書24章では、神の裁きが語られます。それは「新しいぶどう酒は悲しみ、ぶどうはしおれ、心の楽しい者もみな嘆く」(24:7)ほどです。けれど、主の裁きは滅びではありません。罪が断ち切られ、神と共に生きる恵みが現れるためのものです。
 罪故に神を信じられなくなっているわたしたちに、神はご自身の真実を示してくださいます。御言葉と御業のすべてをもって、神はご自身が信じることのできる存在であることを証しされます。そして、その神の真実に触れた民は、イザヤ書 25章1節のように神をあがめ、御名をほめたたえるのです。

 しかし、神の真実はただ単に真実であるというのではありません。神の真実には、その愛と恵みが満ちているのです。「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」(エレミヤ 29:11)

 人は罪の故に自分の思いに囚われ、自分の思い描く幸いを求めます。けれど「人の心には多くの計画がある、しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ」(箴言 19:21)のです。そしてその神の御旨とは、「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るため」(ヨハネ 3:16)なのです。

「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。『だれが、主の心を知っていたか。だれが、主の計画にあずかったか。』」(ローマ 11:33, 34)

 「はなはだ良かった」(創世記 1:31)と神は語られました。神のご計画は、世の初めから注がれた神の喜び、祝福に与らせるためのものです。そしてそのご計画は、神の真実なご計画です。必ずわたしたちをそこへと導く確かな計画です。わたしたちが自分自身を、そして自分のみならずすべてのものを委ねることのできる永遠の計画なのです。

 だから神は、占いなどを禁じられるのです(レビ 19:26他)。神は、わたしたちが神を信じて、神の真実を知ること、神と共に喜ぶことを求めておられるからです。
 神の真実な永遠の計画を知る者は、幸いです。自分自身の人生において、神が他でもないこのわたしのために生きて働いておられることを知るでしょう。

「神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。」(2 テモテ 2:9, 10)

 

ハレルヤ