聖書の言葉を聴きながら

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聖書通読

マラキ書 2:10〜16

家庭礼拝暦 (2018年5月26日) マラキ書 2章10~16節 裏切ってはならない(16節) なぜ契約を汚すのか、と主は問われます。それは、神と契約したということの大切さを認識していないからです。もう一つは、契約するのも解約するのもわたしの自由だと思ってい…

マラキ書 2:1〜9

家庭礼拝暦 (2018年5月25日) マラキ書 2章 1~9節 わが契約は命と平和のため(5節) 神がレビ(祭司)と結んだ契約は、命と平和のためのものでした。「彼は平和と正しさのうちに、わたしと共に歩み/多くの人々を罪から立ち帰らせ」ました。「彼こそ万軍の…

マラキ書 1:6〜14

家庭礼拝暦 (2018年5月24日) マラキ書 1章 6~14節 わが名は諸国の間であがめられている(11節) 祭司でさえ神を軽んずる状態になっていました。神に献げるものは、自分自身を神に献げるしるしです。しかし、神に献げるものを整える信仰はなくなってしまい…

ゼカリヤ書 13:1〜9

家庭礼拝暦 (2018年5月21日) ゼカリヤ書 13章 1~9節 「主こそわたしの神」と答えるであろう。(9節) 「その日」神の御業はなされます。神が「彼こそわたしの民」と言い、民は「主こそわたしの神」と答えることを目指して御業はなされます。 罪と汚れを洗…

ゼカリヤ書 12:1〜14

家庭礼拝暦 (2018年5月20日) ゼカリヤ書 12章 1~14節 独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ。(10節) イスラエルに対する主の言葉が、託宣として告げられます。 「その日」と言って、救いの御業の完成のためになされることがつげられ…

ゼカリヤ書 11:1〜17

家庭礼拝暦 (2018年5月19日) ゼカリヤ書 11章1~17節 災いだ、羊を見捨てる無用の羊飼いたちは。(17節) 神はよい羊飼いを与えてくださいます。しかし罪の世は、悪い羊飼いを生じます。神は彼らを退けますが、彼らも、神を嫌います。神が与えてくださる「…

ゼカリヤ書 9:11〜17

家庭礼拝暦 (2018年5月17日) ゼカリヤ書 9章11~17節 なんと美しいことか/なんと輝かしいことか。(17節) 神は、生きるための水のない穴から捕らわれ人を解き放たれます。彼らは、神が守る砦へと帰ります。彼らは、裁きの悲しみを拭い去る二倍の報いを頂…

ゼカリヤ書 9:1〜10

家庭礼拝暦 (2018年5月16日) ゼカリヤ書 9章1~10節 高ぶることなく、ろばに乗って来る。(9節) 主の言葉が臨むとき、人々の目は主に向けられます。神の声を聞くために、人々が頼りとする富も町も捨てられ、高ぶりは絶たれます。しかし、その方法は人の思…

ゼカリヤ書 8:1〜23

家庭礼拝暦 (2018年5月15日) ゼカリヤ書 8章 1~23節 真実と正義に基づいて/彼らの神となる。(8節) 主はご自身の御業が到達する未来を示されます。主が都の真ん中にいてくださり、信頼が満ち、老若男女共に集い、笑いが溢れます。主は日が昇る国からも…

ゼカリヤ書 7:1〜14

家庭礼拝暦 (2018年5月14日) ゼカリヤ書 7章1~14節 真にわたしのために断食してきたか。(5節) ダレイオス王の第四年、紀元前518年、神殿再建が進められる中、エルサレムの北20kmにあるベテルの人々は使者を立て、神殿の破壊以来続けてきた断食を続ける…

ゼカリヤ書 6:9〜15

家庭礼拝暦 (2018年5月13日) ゼカリヤ書 6章9~15節 神である主の声に聞き従うなら・・知るようになる。(15節) ゼカリヤに主の言葉が臨みます。彼は、冠を作り、大祭司ヨシュアの頭に載せて宣言せよと命じられます。 ヨシュアには、主が「若枝」と呼ぶ仕…

ゼカリヤ書 6:1〜8

家庭礼拝暦 (2018年5月12日) ゼカリヤ書 6章1~8節 さあ地上を行き巡れ(7節) ゼカリヤに示された第八の幻です。馬に引かれた四両の戦車が、神の御前から天の四方に向かって出て行きます。この戦車、馬は「天の四方に向かう風(ルーアハ、霊、息)」だと…

ゼカリヤ書 5:5〜11

家庭礼拝暦 (2018年5月11日) ゼカリヤ書 5章5~11節 エファ升の中に投げ返し、エファ升の口に鉛の重しを置いた。(8節) ゼカリヤに示された第七の幻です。今回はエファ升が登場します。1エファは23リットルです。その升の中には、邪悪を表す一人の女が閉…

ゼカリヤ書 5:1〜4

家庭礼拝暦 (2018年5月10日) ゼカリヤ書 5章1~4節 全地に向かって出て行く呪いである。(3節) ゼカリヤに示された第六の幻です。一つの巻物が飛んでいます。その大きさは、9メートル×4.5メートルという巨大なものです。御使いは「これは全地に向かって…

ゼカリヤ書 4:1〜14

家庭礼拝暦 (2018年5月9日) ゼカリヤ書 4章1~14節 ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。(6節) ゼカリヤに示された第五の幻です。ゼカリヤは御使いに問われ、自分が見た幻を語ります。しかしゼカリヤには、幻の意味が分かりません。ここで御使い…

ゼカリヤ書 3:1〜10

家庭礼拝暦 (2018年5月8日) ゼカリヤ書 3章1~10節 わたしはお前の罪を取り去った。(4節) ゼカリヤに示された第四の幻です。サタンが大祭司ヨシュアを告発する者として立っています。ヨシュアの側に立つのは主の御使いです。ヨシュアは裁きの苦難を生き…

ゼカリヤ書 2:5〜17

家庭礼拝暦 (2018年5月7日) ゼカリヤ書 2章5~17節(口語訳 2章1~13節) わたしはその中にあって栄光となる(9節) ゼカリヤに示された第三の幻です。ひとりの人が測り縄を手にしています。エルサレムを測るためです。これは、エルサレムの城壁を再建する…

ゼカリヤ書 2:1〜4

家庭礼拝暦 (2018年5月6日) ゼカリヤ書 2章1~4節(口語訳 1章18~21節) 主はわたしに四人の鉄工を示された(3節) ゼカリヤに示された第二の幻です。四本の角が現れます。けれど、現れるのは角だけで、何の角かは分かりません。角は力の象徴として用いら…

ゼカリヤ書 1:7〜17

家庭礼拝暦 (2018年5月5日) ゼカリヤ書 1章7~17節 主は・・再び選ばれる(17節) ゼカリヤに示された第一の幻です。 民の傍らに立ち、神に執り成す者がいます。わたしたちは罪を積み重ねるので、安らかな暮らしを失ってしまいます。神に裁かれるばかりの…

ゼカリヤ書 1:1〜6

家庭礼拝暦 (2018年5月4日) ゼカリヤ書 1章1~6節 わたしに立ち帰れ(3節) ゼカリヤは、ハガイと同時期に主の言葉を語り出します。 ゼカリヤは「先祖のようであってはならない」と語ります。神は先祖たちにも預言者を通して「立ち帰れ」と語りかけられま…

ハガイ書 2:20〜23

家庭礼拝暦 (2018年5月3日)ハガイ書 2章20~23節 わたしはあなたを迎え入れる(23節) ゼルバベルはダビデの系統に属する者で、マタイとルカの福音書の系図に名前が出てきます。彼もまた神の救いの御業のため選ばれ、用いられた者です。 神はゼルバベルに…

ハガイ書 1:15b〜2:19

家庭礼拝暦 (2018年5月2日)ハガイ書 1章15b~2章19節 勇気を出せ(4節) 神殿の再建工事に民が立ち上がって、およそ一ヶ月。主の言葉がハガイを通して臨みます。彼が語ったのは、七月二十一日、仮庵祭の終盤。レビ記23章24節以下に記されているように、七…

ハガイ書 1:1〜15a

家庭礼拝暦 (2018年5月1日) ハガイ書 1章1~15a節(口語訳 1章1~15節) 「お前たちは自分の歩む道に心を留めよ。」(5、7節) ダレイオス王の第2年(紀元前520年)、神は預言者ハガイを通して語りかけます。そしてハガイは「主の派遣に従い、民に告げて…

聖書通読のために 67

マタイによる福音書 7章 24~27節(新共同訳) 譬え話である。家は人生を表す。人生には様々な出来事が起きる。「雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲」うようなことがある。人生が壊れないためには、しっかりとした土台の上に家が建っていることが大…

聖書通読のために 66

マタイによる福音書 7章 21~23節(新共同訳) 神は赦すお方である。それは、罪人が立ち帰り、共に生きるために赦されるのである。 しかし、罪人は自分に都合よく解釈する。神と共に生きることを願わず、神の御心を知ることを求めずに、神の赦しと恵みだけを…

聖書通読のために 65

マタイによる福音書 7章 15~20節(新共同訳) 偽預言者は、一見すると預言者のように見えるけれども、実は全く預言者ではない者を言う。 預言者の標記どおり、預言者は神の言葉を預かり伝えてくれる者。その言葉に従うと、神に立ち帰り、神と共に歩むことが…

聖書通読のために 64

マタイによる福音書 7章 13, 14節(新共同訳) 「狭き門」、入試などの際によく聞く、多くの人が知っている言葉である。 イエスが言われる狭き門は、命に通じる門。それに対し、滅びに通じる門は広く、その道も広々としている。多くの人は広い門をくぐる。し…

聖書通読のために 63

マタイによる福音書 7章 7~12節(新共同訳) 天の父が良い物を与えようとしてることを信じて、求め、探し、門をたたきなさいとイエスは勧める。求めること、探すこと、門をたたくことは、祈ることへと通じる。命を与え、共に生きることを願っておられる神の…

聖書通読のために 62

マタイによる福音書 7章 6節(新共同訳) 7:1 から裁きを行い信仰を正そうとする者に対する注意が語られてきている。 信仰的に正しいことを指摘しても、そのことが大事なことだと理解できない人もいる。その正しさを理解し受け止めることのできる時がある。…

聖書通読のために 61

マタイによる福音書 7章 3~5節(新共同訳) 「自分の目の中の丸太」とは、自分自身の罪のことである。神の御心とは違う、自分の善悪のことである。自分の善悪が基準であるとき、当然自分の目の中の丸太には気づかない。この丸太は、自分の善悪と一致している…