聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

聖書通読

聖書通読のために 67

マタイによる福音書 7章 24~27節(新共同訳) 譬え話である。家は人生を表す。人生には様々な出来事が起きる。「雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲」うようなことがある。人生が壊れないためには、しっかりとした土台の上に家が建っていることが大…

聖書通読のために 66

マタイによる福音書 7章 21~23節(新共同訳) 神は赦すお方である。それは、罪人が立ち帰り、共に生きるために赦されるのである。 しかし、罪人は自分に都合よく解釈する。神と共に生きることを願わず、神の御心を知ることを求めずに、神の赦しと恵みだけを…

聖書通読のために 65

マタイによる福音書 7章 15~20節(新共同訳) 偽預言者は、一見すると預言者のように見えるけれども、実は全く預言者ではない者を言う。 預言者の標記どおり、預言者は神の言葉を預かり伝えてくれる者。その言葉に従うと、神に立ち帰り、神と共に歩むことが…

聖書通読のために 64

マタイによる福音書 7章 13, 14節(新共同訳) 「狭き門」、入試などの際によく聞く、多くの人が知っている言葉である。 イエスが言われる狭き門は、命に通じる門。それに対し、滅びに通じる門は広く、その道も広々としている。多くの人は広い門をくぐる。し…

聖書通読のために 63

マタイによる福音書 7章 7~12節(新共同訳) 天の父が良い物を与えようとしてることを信じて、求め、探し、門をたたきなさいとイエスは勧める。求めること、探すこと、門をたたくことは、祈ることへと通じる。命を与え、共に生きることを願っておられる神の…

聖書通読のために 62

マタイによる福音書 7章 6節(新共同訳) 7:1 から裁きを行い信仰を正そうとする者に対する注意が語られてきている。 信仰的に正しいことを指摘しても、そのことが大事なことだと理解できない人もいる。その正しさを理解し受け止めることのできる時がある。…

聖書通読のために 61

マタイによる福音書 7章 3~5節(新共同訳) 「自分の目の中の丸太」とは、自分自身の罪のことである。神の御心とは違う、自分の善悪のことである。自分の善悪が基準であるとき、当然自分の目の中の丸太には気づかない。この丸太は、自分の善悪と一致している…

聖書通読のために 60

マタイによる福音書 7章 1, 2節(新共同訳) 「人を裁くな」とイエスは言われる。しかし、これを読んで「裁判をするのは間違っている」と主張するクリスチャンに会ったことはない。これまで教会の立場として「裁判はすべきではない」という主張を聞いたこと…

聖書通読のために 59

マタイによる福音書 6章 33, 34節(新共同訳) 人は未来に不安を抱く。不安要素があれば、それだけ不安も増す。イエスは「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」と言われる。そのためには、…

聖書通読のために 58

マタイによる福音書 6章 25~32節(新共同訳) 「思い悩む」という言葉が何度も言われる。思い悩むには、不安と迷いが感じられる。人は、未来を知ることができない。そして、幸せな未来を得たいと思い悩む。 この思い悩みから自由になるには、神(天の父)が…

聖書通読のために 57

マタイによる福音書 6章 24節(新共同訳) 「二人の主人に仕えることはできない」とイエスは言われる。二人の主人とは、神と富である。「一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである」とイエスは言われる。当然、イエスは…

聖書通読のために 56

マタイによる福音書 6:22~23(新共同訳) 「体のともし火は目である」とイエスは言われる。 ともし火は、自分の歩く道を照らす光。目は光を感知して、自分のいる世界を知る器官。目が澄んでいれば、自分の歩いている道がよく見える。神の言葉に従い、神と共…

聖書通読のために 55

マタイによる福音書 6:19~21(新共同訳) 心が何を意識しているか。この意識によって行動が導かれ、ときに心が囚われてしまう。 イエスは「天(神の御前)に富を積むようにせよ」と教えられた。「富のある所にあなたの心もある」からだと言われる。 人は他…

聖書通読のために 54

マタイによる福音書 6:16~18(新共同訳) 人は、自分を理解してほしいし、自分を認めてもらいたい。信仰の場合も同じである。信仰熱心であっても、そうでなくても同じである。自分の信仰を理解してもらいたいし、認めてもらいたい。 この箇所では、信仰によ…

聖書通読のために 53

マタイによる福音書 6:14, 15(新共同訳) 人は神にかたどられて造られた(創世記 1:26, 27)。神は人にご自分に倣うことを求められる。神は赦すお方である。神は人間の罪に対して、悔い改め赦される道を示された。旧約の祭儀はそれを指し示している。自分…

聖書通読のために 52

マタイによる福音書 6:13(新共同訳) 主の祈りその8。 「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。」 「誘惑」と訳されたのは言葉「ペイラスモス」は、「試練」とも訳されている。 イエスは救い主として活動を始められたとき、荒れ野で…

聖書通読のために 51

マタイによる福音書 6:12(新共同訳) 主の祈りその7。 「わたしたちの負い目を赦してください、/わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように。」 わたしはこの祈りが苦手である。赦すことのできない自分がいるからだ。あるとき気がついた。主…

聖書通読のために 50

マタイによる福音書 6:11(新共同訳) 主の祈りその6。 「わたしたちに必要な糧を今日与えてください。」 この祈りを祈るとき、わたしたちが何もしなくても、神が必要な食事をすべて用意してくださることを期待しているわけではない。 わたしたちはこの祈…

聖書通読のために 49

マタイによる福音書 6:10(新共同訳) 主の祈りその5。 「御国が来ますように。 御心が行われますように、 天におけるように地の上にも。」 原語で「国」という言葉は「治める、支配する」という意味の言葉から派生したもの。だから「神の国」は「神に従い…

聖書通読のために 48

マタイによる福音書 6:9(新共同訳) 主の祈りその4。 「御名が崇められますように」 直訳は「あなたの名が聖なるものとされますように」 「名」は、名前が示すもの自体を表す。つまり、ここは神ご自身のこと。 「崇める」は、「この上ないものとして敬う…

聖書通読のために 47

聖書通読 マタイによる福音書 6:9(新共同訳) 主の祈りその3。 「天におられるわたしたちの父よ」 神は天におられる。天とは、頭の上に広がる空のことではなく、この世界を超えた神のおられるところを指す。 イスラエル王国第3代の王ソロモンは、こう祈…

聖書通読のために 46

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 6:9(新共同訳) 主の祈りその2。 「天におられるわたしたちの父よ」 イエスは、神を父と呼ぶように示された。神とわたしたちとの関係は、父と子である。親子の関係は命の…

聖書通読のために 45

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 6:9(新共同訳) 主の祈りその1。 イエスは祈りを教えてくださった。このおかげで「わたしは御心にかなう祈りを献げているだろうか」という不安から解放され、安心して祈る…

聖書通読のために 44

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 6:5〜8(新共同訳) 祈りは、神との交わりである。神と向かい合うために与えられた恵みである。 どのように祈るかは、先輩の祈りを聞いて学んでいく。礼拝や祈り会(祈祷会…

聖書通読のために 43

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 6:1〜4(新共同訳) 自分のことを知っていてほしい、理解してほしい、評価してほしいという思いは、かなり根源的な思いだと思う。 神はわたしを知っておられ、理解しておら…

聖書通読のために 42

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 5:48(新共同訳) 「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」 この言葉を聞いて、完全な者を目指そうとすると大抵律法主義に陥る。…

聖書通読のために 41

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 5:43〜47(新共同訳) 「愛するとは、どういうことか」ということについて考えるきっかけとなった箇所。 聖書における愛とは「共に生きようとする意思」だと考えるに至った…

聖書通読のために 40

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 5:38〜42(新共同訳) 38節の「目には目を、歯には歯を」は出エジプト 21:23に出てくる。この戒めには、為したことの責任を取ることと、報いが「目には目と歯を」のように…

聖書通読のために 39

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 5:33〜37(新共同訳) イエスは一切誓うなと言われる。誓いが意味のないものとなっていたからであろう。主に対して誓ったのでなければ、例えば天や地、エルサレムや自分の頭…

聖書通読のために 38

思い巡らす meditation meditado 神の思いに心を向けるために マタイによる福音書 5:31, 32(新共同訳) 離縁(離婚)について。 イエスは、不法な結婚以外、離縁を許可していない。 不法とは、法に反していること。法とは、神の戒め、律法のこと。一方が、…