聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

マタイによる福音書

マタイによる福音書 28:1〜20

2020年4月12日(日)主日礼拝 聖書:マタイによる福音書 28:1~20(新共同訳) きょうはイエス キリストの復活を記念する復活節です。 復活節は毎年日にちが変わります。春分の日の後、満月の直後の日曜日となっています。今年も数日前にきれいな満月を見る…

マタイによる福音書 27:32〜54

2020年4月5日(日)主日礼拝 聖書:マタイによる福音書 27:32~54(新共同訳) 今週は受難節最後の週、受難週です。今週の金曜日が、キリストの十字架を記念する受苦日です。きょうはキリストの十字架の場面をマタイによる福音書から聞いてまいります。 イ…

マタイによる福音書 20:17〜28

2020年3月29日(日)主日礼拝 聖書:マタイによる福音書 20:17~28(新共同訳) 教会には教会暦という暦があります。キリストの生涯の主な出来事を、1年を通して記念していく暦です。今は受難節です。今年は4/10(金)がキリストの十字架を記念する受苦日…

マタイによる福音書 2:13〜23

2019年12月29日(日) 主日礼拝 降誕節後第1聖書:マタイ 2:13〜23(新共同訳) 神は、御子イエス キリストが生まれた時、東の方から異邦人である占星術の学者たちを救い主のもとへと導いてこられました。すべての人がキリストにあって救われることの…

マタイによる福音書 2:1〜12

2019年12月22日(日) 主日礼拝 降誕節主日聖書:マタイ 2:1〜12(新共同訳) きょうはイエス キリストの誕生を記念する降誕節、クリスマスの礼拝です。ご存じの通り、クリスマスは12月25日です。正確には、イエスがお生まれになった頃、ユダヤの一日は…

マタイによる福音書 1:18〜25

2019年12月18日(水) 祈り会聖書:マタイ 1:18〜25(新共同訳) イエスの母マリアは、ヨセフという人と婚約していました。けれども、一緒になる前にマリアは身ごもっていることが明らかになりました。 当時のユダヤにおける婚約は、婚姻届を出すのと同じよ…

聖書通読のために 88

マタイによる福音書 10章 24~25節(聖書協会共同訳) 「弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分」と言われる。具体的には「家の主人がベルゼブルと言われるなら、その家族の者はなおさら悪く言われる」と、キリストに従っていくとき、そこに…

聖書通読のために 87

マタイによる福音書 10章 21~23節(聖書協会共同訳) イエスに従うのがためらわれるような言葉が語られる。 わたしも牧師になるため神学校に行くと言ったとき、父と大げんかになった。「お前とは親でも子でもない」と言われた(実際はそうはならなかったが)…

聖書通読のために 86

マタイによる福音書 10章 16~20節(聖書協会共同訳) 「蛇のように賢く、鳩のように無垢でありなさい」。一体どうしたらそのようになれるのだろうか。 さらに「何をどう言おうかと心配してはならない。言うべきことは、その時に示される」「語るのはあなたが…

聖書通読のために 85

マタイによる福音書 10章 9~15節(聖書協会共同訳) 派遣される者は、支えてもらう必要があるようである。 わたしが属する教会では、牧師は給与ではなく、謝儀を頂く。(税務署には給与として報告される)労働の対価ではなく、生活を支えて頂いて福音宣教を…

聖書通読のために 84

マタイによる福音書 10章 5~8節(聖書協会共同訳) イエスは十二弟子を遣わされる。派遣される者にイエスは指示を出す。遣わされた者は、主の指示(委託)に従う。主の御心をなすのである。 一人ひとり主の弟子(キリスト者)は、主の御心を祈り求め、聖霊の…

聖書通読のために 83

マタイによる福音書 10章 1~4節(聖書協会共同訳) 12弟子の名前が記されている。 ガリラヤの漁師、徴税人、熱心党、裏切り者。彼らには務めが託された。なぜ他の人ではなく、彼らが選ばれたのかは分からない。選びは、神の不思議な御心による。全員、十字架…

聖書通読のために 82

マタイによる福音書 9章 35~38節(聖書協会共同訳) 神は共に働く者を求めておられる。教える者、宣べ伝える者、癒やす者。 罪の世にあって、人は弱り果て、打ちひしがれている。主は民を憐れんでおられる。 しばしば牧師となる者が起こされるように、と語ら…

聖書通読のために 81

マタイによる福音書 9章 32~34節(新共同訳) 悪霊に取り憑かれて口の利けない人の癒やしの記事である。しかし、癒やしそのものよりも、群衆が「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と驚き、ファリサイ派の人たちが「あの男は悪霊の頭の…

聖書通読のために 80

マタイによる福音書 9章 27~31節(新共同訳) 目が見えるようになること、それこそが二人の盲人の切なる願い。ダビデの子イエスが自分たちを憐れんでくれるなら、その願いは叶うと二人は信じている。 ダビデの子とは、救い主を指す称号である。参照:サムエ…

聖書通読のために 79

マタイによる福音書 9章 20~22節(新共同訳) 「あなたの信仰があなたを救った」不可解な言葉である。 この女性の「服に触れさえすれば」というのは、わたしには御利益信仰にしか思えない。彼女は病気が治ることを願っていたのであって、イエスに従っていこ…

聖書通読のために 78

マタイによる福音書 9章 18~19, 23~26節(新共同訳) 指導者の娘が死んだ。しかし彼は、イエスが手を置けば、娘は生き返ると期待した。 イエスが指導者の家に行くと、葬儀の準備が始まっていた。イエスは言う。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない…

聖書通読のために 77

マタイによる福音書 9章 14~17節(新共同訳) 時は止まらない。そして時は神の領分である。 アダムとエバが罪を犯し、人が罪を抱えてから、イエス キリストが来られるまで長い時間がかかった。いつ生まれいつ死ぬのか、いつキリストと出会うのか、それは神が…

聖書通読のために 76

マタイによる福音書 9章 9~13節(新共同訳) イエスは徴税人や罪人と食事をされる。自らの清さを求める人たちはこれを理解できなかった。これは、神の御心を理解していないからだとイエスは言う。(『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』…

聖書通読のために 75

マタイによる福音書 9章 1~8節(新共同訳) 一番疑問なのは、5節「『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」である。断然「あなたの罪は赦される」の方が易しいと思う。それなら自分でも言える。しかしイエスは、…

聖書通読のために 74

マタイによる福音書 8章 28~34節(新共同訳) イエスは舟でガリラヤ湖の向こう岸、ガダラ人の地方へ行かれた。すると悪霊に取り憑かれた二人の人がやって来た。 悪霊はイエスを恐れていた。悪霊はイエスに向かって叫ぶ。「神の子よ、あなたはわたしどもとな…

聖書通読のために 73

マタイによる福音書 8章 23~27節(新共同訳) 生きることには、不安がまとわりつく。今の困難がどれほど続くのか。自分は耐えられるのか。この先が幸せにつながっているのか。それが分からない不安から自由になれない。 この記事は、弟子となって従っていて…

聖書通読のために 72

マタイによる福音書 8章 18~22節(新共同訳) イエスに従うということに関するエピソードが記されている。 ある律法学者が「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言うと、イエスは「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、…

聖書通読のために 71

マタイによる福音書 8章 16~17節(新共同訳) 一日の仕事が終わり、夕方になると、人々は悪霊に取り憑かれた者をイエスの許に大勢連れてきた。 悪霊に取り憑かれたとはどんな状態だろうか。ここでは「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた」と…

聖書通読のために 70

マタイによる福音書 8章 14~15節(新共同訳) イエスはペトロの家に行った。ペトロの家はどのくらいの大きさ、どんな間取りの家だったのだろうか。姑が熱を出して寝込んでいるのをご覧になった、とあるが、一間だけの小さな家だったのだろうか、それともペト…

聖書通読のために 69

マタイによる福音書 8章 5~13節(新共同訳) 百人隊長というのは、百人の兵隊からなる百人隊の隊長である。 彼は親切な人間であった。自分の家の僕が中風で苦しんでいるのを何とかしてあげたいと思っていた。 彼は賢い人だった。自分に委ねられている権威で…

聖書通読のために 68

マタイによる福音書 8章 1~4節(新共同訳) 重い皮膚病の人は、他の人がいる所には来てはいけなかった。他の人がいる場合には、大きな声で自分が重い皮膚病であることを告げ、他の人に汚れが移らないようにしなければならなかった。 イエスの周りには大勢の…

聖書通読のために 67

マタイによる福音書 7章 24~27節(新共同訳) 譬え話である。家は人生を表す。人生には様々な出来事が起きる。「雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲」うようなことがある。人生が壊れないためには、しっかりとした土台の上に家が建っていることが大…

聖書通読のために 66

マタイによる福音書 7章 21~23節(新共同訳) 神は赦すお方である。それは、罪人が立ち帰り、共に生きるために赦されるのである。 しかし、罪人は自分に都合よく解釈する。神と共に生きることを願わず、神の御心を知ることを求めずに、神の赦しと恵みだけを…

聖書通読のために 65

マタイによる福音書 7章 15~20節(新共同訳) 偽預言者は、一見すると預言者のように見えるけれども、実は全く預言者ではない者を言う。 預言者の標記どおり、預言者は神の言葉を預かり伝えてくれる者。その言葉に従うと、神に立ち帰り、神と共に歩むことが…