聖書の言葉を聴きながら

一緒に聖書を読んでみませんか

マタイによる福音書

聖書通読のために 78

マタイによる福音書 9章 18~19, 23~26節(新共同訳) 指導者の娘が死んだ。しかし彼は、イエスが手を置けば、娘は生き返ると期待した。 イエスが指導者の家に行くと、葬儀の準備が始まっていた。イエスは言う。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない…

聖書通読のために 77

マタイによる福音書 9章 14~17節(新共同訳) 時は止まらない。そして時は神の領分である。 アダムとエバが罪を犯し、人が罪を抱えてから、イエス キリストが来られるまで長い時間がかかった。いつ生まれいつ死ぬのか、いつキリストと出会うのか、それは神が…

聖書通読のために 76

マタイによる福音書 9章 9~13節(新共同訳) イエスは徴税人や罪人と食事をされる。自らの清さを求める人たちはこれを理解できなかった。これは、神の御心を理解していないからだとイエスは言う。(『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』…

聖書通読のために 75

マタイによる福音書 9章 1~8節(新共同訳) 一番疑問なのは、5節「『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」である。断然「あなたの罪は赦される」の方が易しいと思う。それなら自分でも言える。しかしイエスは、…

聖書通読のために 74

マタイによる福音書 8章 28~34節(新共同訳) イエスは舟でガリラヤ湖の向こう岸、ガダラ人の地方へ行かれた。すると悪霊に取り憑かれた二人の人がやって来た。 悪霊はイエスを恐れていた。悪霊はイエスに向かって叫ぶ。「神の子よ、あなたはわたしどもとな…

聖書通読のために 73

マタイによる福音書 8章 23~27節(新共同訳) 生きることには、不安がまとわりつく。今の困難がどれほど続くのか。自分は耐えられるのか。この先が幸せにつながっているのか。それが分からない不安から自由になれない。 この記事は、弟子となって従っていて…

聖書通読のために 72

マタイによる福音書 8章 18~22節(新共同訳) イエスに従うということに関するエピソードが記されている。 ある律法学者が「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言うと、イエスは「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、…

聖書通読のために 71

マタイによる福音書 8章 16~17節(新共同訳) 一日の仕事が終わり、夕方になると、人々は悪霊に取り憑かれた者をイエスの許に大勢連れてきた。 悪霊に取り憑かれたとはどんな状態だろうか。ここでは「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた」と…

聖書通読のために 70

マタイによる福音書 8章 14~15節(新共同訳) イエスはペトロの家に行った。ペトロの家はどのくらいの大きさ、どんな間取りの家だったのだろうか。姑が熱を出して寝込んでいるのをご覧になった、とあるが、一間だけの小さな家だったのだろうか、それともペト…

聖書通読のために 69

マタイによる福音書 8章 5~13節(新共同訳) 百人隊長というのは、百人の兵隊からなる百人隊の隊長である。 彼は親切な人間であった。自分の家の僕が中風で苦しんでいるのを何とかしてあげたいと思っていた。 彼は賢い人だった。自分に委ねられている権威で…

聖書通読のために 68

マタイによる福音書 8章 1~4節(新共同訳) 重い皮膚病の人は、他の人がいる所には来てはいけなかった。他の人がいる場合には、大きな声で自分が重い皮膚病であることを告げ、他の人に汚れが移らないようにしなければならなかった。 イエスの周りには大勢の…

聖書通読のために 67

マタイによる福音書 7章 24~27節(新共同訳) 譬え話である。家は人生を表す。人生には様々な出来事が起きる。「雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲」うようなことがある。人生が壊れないためには、しっかりとした土台の上に家が建っていることが大…

聖書通読のために 66

マタイによる福音書 7章 21~23節(新共同訳) 神は赦すお方である。それは、罪人が立ち帰り、共に生きるために赦されるのである。 しかし、罪人は自分に都合よく解釈する。神と共に生きることを願わず、神の御心を知ることを求めずに、神の赦しと恵みだけを…

聖書通読のために 65

マタイによる福音書 7章 15~20節(新共同訳) 偽預言者は、一見すると預言者のように見えるけれども、実は全く預言者ではない者を言う。 預言者の標記どおり、預言者は神の言葉を預かり伝えてくれる者。その言葉に従うと、神に立ち帰り、神と共に歩むことが…